バイバイ、エンジェル
- 著
- 笠井潔
『バイバイ、エンジェル』は、笠井潔氏による、矢吹駆連作の第1作。
- 構成
- (創元推理文庫版、1995年刊に準拠)
- 序章 マドリッドからの手紙
- 第一章 ヴィクトル・ユゴー街の首なし屍体
- 第二章 モンマルトル街の屋根裏部屋
- 第三章 リュクサンブール公園の霧
- 第四章 ラマルク街の真相
- 第五章 ボア・ドゥ・ブローニュの屍体
- 第六章 サン・ジャック街の悪霊たち
- 終章 ピレネーからの手紙
- 備考=序章、終章以外の各章は、物語内の出来事が起きた時間を特定する小見出しで分割されている。
概略
- 1979年7月、角川書店より、単行本刊行(単行本書名『バイバイ、エンジェル ラルース家殺人事件』。
- 第5回角川小説賞受(1979年)賞作。
ヴィクトル・ユゴー街のアパルトマンの広間で、血の池の中央に外出用の服を着け、うつぶせに横たわっていた女の死体は、あるべき場所に首がなかった。こうして幕を開けたラルース家を巡る連続殺人事件。司法警察の警視モガールの娘ナディアは、現象学を駆使する奇妙な日本人矢吹駆とともに事件の謎を追う。ヴァン・ダインを彷彿とさせる重厚な本格推理の傑作、いよいよ登場。
「BOOK」データベースの内容紹介
用語や登場人物
キャラクター
- ナディア・モガール
- パリ司法警察のモガール警視の娘。19歳の秋から冬にかけて、関わった連続殺人事件を、20歳になった後の視点から小説形式でまとめたのが『バイバイ、エンジェル』のテクスト、と設定されている。(序章、終章)
- 大学の友人たちも関わった事件に、矢吹駆を引き込んだのもナディア(序章、第二章)。
- ルネ・モガール
- パリ司法警察の警視。戦中派であり、2次大戦中対独レジスタンス組織に加わっていた、との回想がある。又、ナディアが部下のバルベス警部に聞いたところによれば、モガール警視は、共産党支持から、ドゴール派に政治信条を変えれば、警察機構内で出世できるはず、とのこと(第一章)。
モガール警視は30年前の第2次大戦中「20歳になるやならず」だった(第二章)。 - アラン・リヴィエール
- パリ大学の哲学教授。戦中派で、物語の時点では初老の男性。ナディア達に哲学を講じている。
- アントワーヌ・レタール
- ナディアの学友でリヴィェール教授の講義の受講生。南仏のバス・ピレネー県出身。
- ジルベール・マシュー
- アントワーヌと同郷の友人。
- マチルド・デュ・ラブナン
- アントワーヌと同郷の友人。
- イヴォン・デュ・ラブナン
- マチルドの父、戦中対独レジスタンス組織に加わっていたが、物語が始まる時点では、長年行方不明になっていた。以前、リヴィエール教授と親しかった。(序章、他)
- オデット・ラルース
- アントワーヌの叔母。序章では、オデット宛に送られてきた、復讐予告とも思える手紙(マドリッドからの手紙)のことを、マチルドは父イヴォンが出したと言い、リヴィエール教授は否定する様子が描かれる。
- 矢吹 駆
- パリの安アパートの屋根裏で暮らしている素性不明の日本人(自称)。
作中<好ましからぬ入国者>である可能性が示唆される会話がある(第二章)。 - おそらく、テンプラ学生(偽学生)としてリヴィエール教授の講義に潜り込んでいたようだが、質問に対してサンスクリット語で応えるなどして、教授の注目を受ける。ナディアが最初に駆に興味を持ったのも、リヴィエール教授の講義の時のこと(序章)。
- 用語や人名
- 解説
ガジェット(小道具)
- マドリッドからの手紙
- “わたしにとってラルース家の事件は、あの寒い晩にリヴィエール教授のアパルトマンで始まった”と序章で回想されている“あの寒い晩”(“クリスマスも近い寒い晩”とも)に、語り手であるナディアに示された手紙。復讐を予告するような文面の手紙は、差出人名“I”、スペインのマドリッドで投函されたものだった。
- 用語や人名
- 解説
用語
- ヴィクトル・ユゴー街
- パリ中心市街の西縁でブローニュの森に隣接する16区(セーヌ川の右岸、北岸)内にある街区。16区は伝統的に大ブルジョワが居を構えた、高級住宅街とイメージされる。
- ラルース家
- 作中で扱われる連続殺人事、最初の被害者他、複数の被害者を出す家門。南仏出身の架空の家門で、第2次世界大戦中、小作人から成り上がったと設定されている。資産運用で生活している有閑ブルジョワの家庭であるかに描写される。
- 司法警察
- 捜査機関の1つで、政治警察と区別して普通の警察機構を呼ぶ。ナディア・モガールの父、ルネ・モガールは司法警察に属す。
- 現象学
- 一般には、ドイツの哲学者フッサールが提唱創始した、とされる現代哲学のトレンド。細かな説明は作中に織り込まれている。とりあえず「情動や印象の学(研究)」くらいの大まかなイメージで読みはじめでもいいだろう。現象学が意味する「現象」の用法(情動、印象に近い内容)は、ヘーゲルの『精神現象学』に遡る。
矢吹駆の「現象学的推理」については、作品外で作者のものも含めた幾つかの言及があり、解説文などで目にすることもあるかもしれない。ただ、作中の矢吹駆が伝統的な現象学を評価しながら、かなり偏った応用(現象学サイドから見て)を試みているらしいことは、忘れられるべきではないだろう。この辺も作中で語られている。 - ヴァン・ダイン
- アメリカのミステリ作家、美術評論家でもあった。ナディア・モガールは、“これからは、わたし自身の証言の部分と、客観的な報告の部分とを、大好きなヴァン・ダインの方法にならって日付順に配列していくことにしよう”と、第一章の中ほどに記している。
- モンマルトル街
- パリ中心市街の中ほどでセーヌの右岸(北岸)に位置する1区からはじまる街区。19世紀の再開発後歓楽街に。芸術家の集う街区とのイメージもある。
- 作中のモンマルトルあたりには、矢吹駆がパリの拠点としている安ホテルも設定されている(第二章)。
- リュクサンブール公園
- パリ中心市街の概ね中ほどで、セーヌの左岸(南岸)に位置する6区にある。現在のフランス上院議会であるリュクサンブール宮殿正面に位置。学生街カルチエ・ラタンに隣接。(カルチエ・ラタンは5区と6区にまたがっている)
- ラマルク街
- 18区内の街区。
- ボア・ドゥ・ブローニュ
- 「ブローニュの森」。16区のさらに西に隣接。
- サン・ジャック街
- 学生街カルチェ・ラタン内の5区側で、概ね南北に続いている街区。「パリで最も古い通り」とも言われる。古くは、サン・ジャック門からスペイン方面への巡礼者たちが旅立った。
- ピレネー
- フランス領とスペイン領との間に横たわるピレネー山脈。山脈のフランス側には、ミディ=ピレネーの広域行政圏などがある。
- (作中、言及のあるバス=ピレネー県の現在の地域名はピレネー=アトランティック県で、1969年に改名されている)
- 用語や人名
- 解説
関連する用語
- 矢吹駆連作
- 著者自身の短文や、解説文などでは、なぜか「シリーズ」ではなく「連作」と記されることが多いようだ。
- バイバイ、エンジェル
- この作品で「エンジェル」の役を担わされているキャラが誰かは、読む進めば読者に明かされる。なぜ題名で「バイバイ、」と付けられているかは、読みどころだろう。
- 関連する用語
- 解説
メモ
- 作品経緯
書誌情報(関連作品)
バイバイ、エンジェル
(旧題『ラルース家殺人事件』)
(ハードカバー単行本『バイバイ、エンジェル ラルース家殺人事件』,角川書店,1979年刊)
(角川文庫『バイバイ、エンジェル』,1984年刊行)
(ハードカバー単行本『天使/黙示/薔薇』,『サマー・アポカリプス』、『薔薇の女』との合本,作品社,1990年刊)
(創元推理文庫『バイバイ、エンジェル』,1995年刊行)
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