フランス語で「言語」に相当する言葉だが、フランス語表記では“la langue”(単数形)と“les langues”(複数形)の区別がある。
日本語で「ラング」を用いる場合、通例「ラ・ラング(la langue)」を指すだろうが、時として「レス・ラングス(les langues)」との混同も見られるようだ。「レス・ラングス」を言いたい時は、例えば「諸言語」とでも書けばいいのではないだろうか。
フランス語原義
フランス語の原義は「舌」。
フランス語の習慣では、単数形“la langue”は「言語というもの(事柄)」を意味する。英語風に記せば“The Language”。複数形“les langues”は「諸言語(の集合)」を意味する。英語で書けば“languages”。
言語学用語
言語学の分野では、「ラ・ラング(la langue)」あるいは“The Language”は、「諸言語に共通して言えるシステムとしての性質」と言った意味になる。言語をルール系、あるいは構造態、又はシステムとして把握する事になる。日本語で「一般言語学」と呼ばれる分野で扱われるのが「ラング(ラ・ラング)」。
「諸言語に共通して言えるシステムとしての性質」として「ラング」を言うようになったのは、普通、ソシュールの『一般言語学講義』以降と言われている。ソシュールの理論では、「ランガージュ(ヒトの言語能力)」、「パロール(個別の言語使用)」と関係付けられた基本概念の1つだった。
そして、ラングの特に共時態(ある時代に暗黙共有されたとみなせるルール系の性質)が言語研究の基礎分野になる、というのもソシュールが提唱した論だった。
ただし、必ずしもソシュールの言語記号論通りの意味で「一般言語(ラング)」が踏襲されているとも限らない。批判的な検討を経た修正や、後世の解釈もあり得る。
ソシュール以降の言語学では、「ある言語共同体に、暗黙共有されたルールの系」と言ったところが、「一般言語」という意味で用いられる「ラング」の共通内容かもしれない。
他に、「言語記号は非実体で、ラングは一般に、示差的な記号体系だ」との理解も広く共有されていると思われる(言語論的転回)。が、こちらの面は、例えばアメリカの言語学では重視されない、といった傾向もあるようだ。
ちなみに、ソシュール理論では「パロール(話し言葉)と比較して、エクリチュール(書き言葉)は2次的だ」とされている。
ソシュールの理論では、「ラングは社会的事実だ」「社会的産物だ」などと記されている。「ランガージュの社会的な側面がラング」とのメモもあるが、これは「ランガージュの社会的な現われがラング」と介すと意味を採りやすいだろう。
ソシュール理論では、ラングもラングの共時態も、研究のための方法概念(モデル概念)であることは、充分承知されていた。諸言語の実態が、無数のパロール(個別の言語使用)である旨はソシュールも記している。
しかし、どのような言語でも無数のパロールをすべて収集することは不可能であって、ルール系を基礎的に研究すべきだ、そして諸言語のルール系を学問的に比較検討するには「ラング」の共時態研究が基礎分野になる、というのが『一般言語学講義』の主旨だったと解される。
メモ
- 「ラング」を研究する一般言語学の研究者としては、ソシュールの他に、ロシア出身のユダヤ系言語学者ロマーン・ヤーコブソン、フランスの学者エミール・バンヴェニスト、デンマークのルイ・イェルムスレウなども有名。