お勧め図書2009(鍼原神無)

鍼原神無が、お勧めする、今年刊行された書籍。

#もの書き お薦め図書2009」に書いた紹介の、ちょっと詳しい版。

1Q84』(村上春樹

 村上春樹の最新長編。

 サリン事件の被害者らにインタビューしたインタビュー集『アンダーグラウンド』(1997年刊)、元オウム真理教信徒らにインタビューした『約束された場所で』(1998年刊)、以来、およそ10年。やっと、長編の春樹小説で、テロリズムとカルト集団が主要題材として扱われた。

 春樹小説のファンにとっては、待望の作品だ。刊行後、賛否の論が多い作品になってる。一種の、問題作か(?)。春樹小説のファンは、是非、読むべきでしょう。

 本作では、2筋の物語が交互に語られるデュアル・プロットや、物語内物語など、春樹長編でなじみの趣向は踏襲されている。

 アタシが思うには、女殺し屋青豆の物語では、どのような善意や正義観が動機にあるものでも、テロ行為が完全否認されようとしている、と思えます。

 けれど、他方、物語内物語『空気さなぎ』をめぐる、天吾とふかえりの物語の方では、様々な善意や正義観が依拠する価値信憑を、全否定もできないとされているようです。善きもの、正しいもの、美しいもの、などを想定する価値信憑を全否定せずに“毒抜き”していく可能性に、どのようなアプローチがあり得るかは、しかし、スッキリした形で物語化しきれていない感じ。

 私見ですけれど、その辺の入り組んだところが、本書について賛否の意見を招いているように思えます。

BILLY BAT』(浦沢直樹

 雑誌「モーニング」連載中の浦沢マンガ最新作。今年6月に1巻が、11月に2巻が刊行。

 一言で言えば、超時空伝奇ミステリーだと思う。現在雑誌連載中で、大風呂敷がどこまで広がるか、予想もつかない(笑)。そこが楽しい♪

 黒いコウモリと白いコウモリの、時空を越えた対立を巡り、時代も舞台も飛び飛びなエピソードが、次々、断続していきます。全体的なストーリーは混沌。混沌感を楽しみたい人にはお勧め。

 多分だけど、このマンガは、アタシ『20世紀少年』の延長上の創作のような気がする。

 続き物とか、そーゆーことではないですよ。内容の焦点になるだろう事柄が、『20世紀少年』で描かれたそれの、延長線の先に目指されてるのではないか(?)ってことです。

 思うに、『MONSTER』と『PLUTO』を相互参照して読むと、面白さ倍増なように、『ビリーバット』は『20世紀少年』と相互参照して読むと、面白さ倍増。これは言えてそうです。

PLUTO』(浦沢直樹、原作=手塚治虫)

 手塚治虫作『鉄腕アトム』の一篇「地上最大のロボット」を原作にした浦沢マンガ。2009年、7月に最終巻(8巻)が刊行され完結。

 終盤は、意外なほどスッキリ収束された。

 例えば、ゲジヒト刑事の欠落した記憶の内容詳細は描かれなかったし、殺人ロボット、ブラウ1589とDrルーズベルトの因縁も、あるのか無いのかすらわからないくらいの軽い示唆が描かれたのみ。

 何より、アタシは、再起動したアトムの暴走で、どんな酷いことが起きるか、と、怖いものみたさで期待してた(笑)んだけど。これもあっさり処理された。でも、怖いことは怖かったのは、さすが浦沢マンガ。

 この辺、作品の視点キャラはゲジヒトやアトムだったけど、真の主人公はPLUTOだった、と解せば納得もいくし。スッキリ収束の割には、読み応えがジューシーなのは、さすがです。

 浦沢ファンとしては、もっと迷走してくれてもよかったのですが、手塚マンガの別バーションってプレッシャーから、早く脱したかったらしい(特装版8巻付録参照)。そんな事情じゃしょうがない。面白いから構いません。

闇狩り師 黄石公の犬』(夢枕獏

 トクマ・ノベルズで刊行された、闇狩り師シリーズ、21年ぶりのノベルズ最新刊。

 表題作は、2000年から2008年にかけて書かれた長編。他に、短めの中篇『媼』も採録、こちらの初出は1986年。

 ローカルな地方都市が、リアリティを感じさせる書き方で書かれてます。例えば、地方都市にもいるホームレスの生態とか、怪しげな呪詛を呪い師に依頼してしまう人の心理とか。そして奇妙な味で描かれる、妖怪の類と、闇狩り師との関係。

 闇狩り師は、現在まで続く、現代もの伝奇アクションの草分け的シリーズで、今風に言えば、異能バトルにあたるのでしょうけど。著者は、作中に盛り込むリアリティと奇妙な味との兼ね合いには、かなり神経を使ってる。そこがたいていの異能バトルとは違うだろうし、表題作の読みどころ。

 後、主人公、九十九乱蔵のカッコヨサも健在。

吉本隆明 全マンガ論』(吉本隆明

 批評家、思想家である吉本隆明さんの論集で、副題は「表現としてのマンガ・アニメ」。

 1978年〜2000年に公表した、時評、短評、論考、対談が採録されている。

 全体として「ハイカルチャーとサブカルチャーの区別が成り立たなくなっているメディア動向」の兆候として、マンガ作品やアニメ作品の表現が論考されている。いわゆるサブカル論や、ジャンル論ではない、「表現としてのメディア」論考になっている。

 著者には『マス・イメージ論』、『ハイ・イメージ論』という大衆化社会、高度消費社会のメディア-表現状況を論じた論集があるが。「全マンガ論」も、その話題領域に関連した論集になっている。(これは主に、採録作の執筆時期に依る近接だろう)

 吉本隆明さんの著作を読んだことが無い方には、全体の1/2強を占めてる「対談」パートがお勧め。特に、萩尾望都さん、りんたろうさんとの対談では、色々珍しい発言が引き出されてて、対談のはこびも面白い。

 吉本思想のファン、愛読者の方には、『マス・イメージ論』や『ハイ・イメージ論』を読み解くための、補足材料が豊富な本として、お勧め。

 採録の「語相論」などでは、いまさらながら、吉本隆明氏が「詩人的資質の思想家」であることが再確認される。

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