フランス語表記で“parole”。
フランス語原義
フランス語“parole”の原義は、「話された言葉(spoken word)」「せりふ」といった意味。
ソシュールの「パロール」
「パロール」は、フェルディナン・ド・ソシュールの言語学基礎論(『一般言語学講義』)で、基本的概念の1つとされた。
ソシュール理論の「パロール」は、他の基本概念「ランガージュ(ヒトの言語能力)」、「ラング(諸言語に共通して見出せる性質)」と関連づけられている。ソシュール以降の言語論でも、この用法は踏まえられている。
ソシュールは、『一般言語学講義』で、「ラング(諸言語に共通して見出せる性質)」を学問的な言語学の研究対象として、その概念を整理して提唱した。
ことに、「ある言語を他の言語と区別できる特定の構造」を「特定言語の共時態(特定の時代に、ある言語共同体に暗黙共有された言語)」として、「言語構造の変化を断続的にしか分析できない言語の通時態研究(歴史言語学の研究)」よりも、さらに基礎的な研究分野とした。
ソシュールの言語学基礎論での「パロール」は、「個別言語の共時的な揺らぎ」あるいは、逸脱などとして位置づけられる言語使用形態種種を総括する概念になる。しばしば、「私的使用された言語」などと要約表現される。
この場合の「私的使用」は、必ずしも「公的使用」と対立される概念ではない。むしろ、「ある言語共同体に、暗黙共有された言語習慣からの逸脱(または揺らぎ)」といった内容がポイントになる。
(例えば、方言は、ソシュールの論でも「パロール」には含められない)
“parole”の原義は、「せりふ」「話し言葉」であり、ソシュールのパロールも「話し言葉」にありがちな形態とイメージされる。このイメージは必ずしも間違いではないが、ラングとの関連では「ある言語共同体に暗黙共有された言語習慣からの逸脱、または揺らぎ(私的使用)」と解した方が理解し易くなる。
「パロール」の再評価
ソシュールの『一般言語学講義』では、「パロール」は言語の学問的研究の、少なくともその中核からは排除される事になっていた。「ラング」の特に共時態が、あるべき研究の基礎として提唱されたからだ。
その後「パロール」は、ソシュールの整理した定義を踏まえつつ、言語の学問的研究の対象に含める立場も生まれた。また、ソシュールも、『一般言語学講義』で、「各言語を変化させていくのは、無数のパロール(この場合、個別の言語活動と言った含み)」である旨、記している。
ちなみに、ソシュール以前も以降も、社会言語学にあたる研究分野では、パロールにあたる言語使用の研究は重視されてきている。
言語思想の用語
再評価されたパロールは、ソシュールの言語基礎論の再解釈と共に、現代的な言語論で様々に用いられた。
例えば、ジャック・デリダやロラン・バルトなどが唱えた言語論での使用がエポック・メイキングとして評価されている。
現在でも、「パロール」の原義に基づいた「話し言葉」との連想は強い。「パロール」を「音声言語」と訳すことも少なく無い。
しかし、現代的な言語論、言語思想で用いられる「パロール」も、「ある言語共同体に暗黙共有された言語習慣からの逸脱、または揺らぎと思える形態で使用された言葉」と解した方が、論旨の理解が楽になることは多いだろう。
メモ
- “parole”のフランス語原義に「せりふ」が含まれるとは言っても、この場合の「せりふ」は日本語の場合よりも範囲が緩い。必ずしも演劇の類の「せりふ」に限定はされない。
例えば、フレンチ・ポップスの歌詞などで、「(恋人同士の愛の)セリフ」を指して“parole”が用いられる例がある。この類の“parole”は「(愛の)せりふ」と訳すより「(愛の)ことば」と訳した方がしっくりくる例が多そうだ。 - パロールとラング(ソシュール)
ソシュールの言語論では「ラング」は、諸言語に共通する構造的な性質のことで、これが基礎的研究の対象にされた。ソシュールが「パロール」を基礎研究の対象から除外した、と言っても、『一般言語学講義』でも、諸言語を変化させていくのは、無数のパロール(この場合、個別の言語活動と言った含み)である旨、記されている。 - パロールとエクリチュール(ソシュール)
ソシュールは「エクリチュールは、パロールと比べて2次的な言語使用」といった主旨のことを記している。この場合、パロールはシンプルに「話し言葉(とその使用)」、エクリチュールも「書き言葉(とその使用)」と解せるだろう。 - パロールとエクリチュール(デリダ)
デリダの著作でも「パロール」はしばしば「エクリチュール」と対照的に論じられている。しかし、「パロール(話し言葉)とエクリチュール(書き言葉)は、しばしば対立的(まったく異なるルール系)とみなされる」が、しかし「細かくチェックしていくと、実は、パロールもエクリチュールに規定されている」といった論旨が、デリダのエクリチュール論(エクリチュールの根源性)になっている。
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