少女小説

中高校生の女子を主な読者対象とした小説。

第2次世界大戦前の和製「少女小説」は、講談本をベースにして生まれた「少年小説」と対のようにして形成され、「良妻賢母」を育成する訓話的要素の色濃い内容が主流だった。
実業之日本社が刊行した「少女の友」(1908年〜1955年)や、大日本雄辯會講談社(現講談社)発行の雑誌「少女倶楽部」(1923年〜1962年)が、代表的媒体だった。

戦後間もなく、和製少年小説の系譜が衰退し、いったん途切れたのに対し、和製少女小説の系譜は、例えば「母娘もの」などの系譜でしばらくは断続。例えば、後にマンガ専門誌になった「りぼん」には、当初読み物の掲載が多く、戦前の系譜を踏襲したような「少女小説」もある時期まで掲載されていたという。

戦前の和製少女小説の系譜を引くような作品群が、いったん途切れたのは、おそらく1960年代末〜1970年代前半だろうと思われるが、まだ充分に整理されている研究分野とも言えない。傍証として「セブンティーン」など、(当時としては)新しいタイプの少女向け雑誌の台頭があった、とは指摘されている。

「少女小説」は、現在ライトノベルのサブジャンルとして扱われているが、普通は、戦前からの少女小説の系譜は、一端途絶えたもの、と考えられる。

関連する用語

少年小説
例えば、大日本雄辯會講談社(現講談社)発行の月刊雑誌「少年倶楽部」(1914年創刊)や、そのライバル誌だったと目される実業之日本社刊行の「日本少年」(1906年〜1938年)などに掲載されたような小説が典型。当時、多くは「読みもの」と呼ばれた。
「少年倶楽部」は1946年に「少年クラブ」に改題し、1962年に休刊(事実上の廃刊)。1946年に光文社が創刊した月刊雑誌「少年」(1968年休刊)に遅れをとったとされる。「少年」は、当初、江戸川乱歩が少年向けに書いた“少年探偵団もの”の「怪人20面相」など、“読みもの”を掲載していたが、『鉄腕アトム』『鉄人28号』などの人気で、急速にマンガ雑誌化していった。
その後「少年」は、『矢車剣之助』(堀江卓)、『サスケ』(白土三平)、『ストップ!にいちゃん』(関谷ひさし)、『忍者ハットリくん』(藤子不二男)などで、月刊マンガ雑誌の首位を占めた時期が長かった。この間、講談社側では月刊マンガ雑誌「ぼくら」を1954年に創刊。「少年」に対して巻き返しをはかり「ぼくら」「少年」と、戦後に創刊された「少年画報」が月刊マンガ雑誌三強としてしのぎを削った。
月刊「ぼくら」は、1969年に休刊。「ぼくらマガジン」(はじめ隔週刊、後週刊)にモデルチェンジしたが、これも1971年に休刊。「少年画報」は、1969年から隔週刊にモデル・チェンジし、1971年に「『少年キング』に合併」という体裁で姿を消した。
エス
シスター(Syster)/シスターフッド(Systerhood/疑似姉妹関係/修道女会)より。プラトニックな少女同士の愛情とそれを扱う小説群を指して用いられた古い用語。

よく使われた舞台

古い意味での少女小説において。現在の少女小説ではこれらが扱われている作品はほぼ壊滅状態。

寄宿舎
少女の集団生活の場。
サナトリウム
病気で隠栖する少女との出会い。
ミッション・スクール
キリスト教系お嬢様学校、の意味で。
用語
解説

メモ

主なレーベル

小説

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